脱成長やポスト成長は現実的か?

 脱成長やポスト成長については、例えば「グリーン成長・脱成長・ポスト成長 ―何が異なり、どこへ向かうのか(後編)2024年03月01日」(https://www.es-inc.jp/library/mailnews/2024/libnews_id012950.html)などに詳しく書かれています。

 簡単に言えば、脱成長もポスト成長も従来の「GDP(国内総生産)の拡大を至上命題とする経済モデル」からの脱却を目指す考え方になります。
 脱成長(De-growth)は、資源やエネルギーの消費量を計画的に削減し、成長を減らすことに重点が置かれています。
 一方、ポスト成長(Post-growth)は、成長の有無に左右されない社会、人々のウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好で満たされた持続的な幸せ)が保たれる状態を目指しています。

 私の感覚からすると、脱成長は資本主義社会そのものの構造を変革することで、ポスト成長は資本主義社会そのものを変えるというよりは、社会の価値観を変えていこうというもの、と受け止めています。脱成長は計画経済とまではいかないものの、それに近づけて消費を(計画的に)コントロールする考え方のように感じます。

 では、脱成長やポスト成長は現実的な考え方なのでしょうか、それとも理想論なのでしょうか。
 個人的には、理想論ではないかと考えています。

 現在の地球は温暖化しており、その原因は人類が排出する二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスにある、といった説が正しいことを前提にします。
 そうすると、環境対策をしながらGDPも増やし続けることを目指したグリーン成長は失敗している、と考えられることは以前に述べた通りです(2026年03月25日付本ブログ『効果的な温暖化対策とは?(3)』)。

 技術革新によって温室効果ガスが減らないのであれば、減らすためには消費を縮小するしかありません。それが脱成長なのでしょう。
 しかし、消費の縮小は経済の後退につながることから、多くの人はそれを良しとはしないでしょう。つまり、実現は困難ということです。

 では、ポスト成長はどうでしょうか。ポスト成長を物の豊かさ優先から心の豊かさ優先へ、とした場合、一般的な人にとっての優先順位は逆で、先に物質的な豊かさがあって、次に心の豊かさといった順番になるのではないでしょうか。

 ブータンは「国民総幸福量(GNH)」を国是とし、経済的な豊かさよりも「心の豊かさ」を追求する国として、以前話題になりました。
 しかし、インターネットやスマホの普及で国外からの情報が入るようになり、他国と物質的な豊かさを比較するようになったことで幸福度が下がったといわれています。

 このことからも、一般的な人間にとっては、心の豊かさへの欲求よりも物質的な豊かさに対する欲のほうが強いことが示唆されます。
 ポスト成長が実現できる人(既に物質的に満たされている人)は限られているので、世界中に広めることは難しいでしょう。

 以上から、脱成長もポスト成長も、少なくとも現状では、理想論と考えるのが妥当ではないでしょうか。

2026年03月31日